東京干潟&蟹の惑星ブログ

多摩川河口干潟を舞台にした連作ドキュメンタリー映画「東京干潟」と「蟹の惑星」の情報をお伝えします。

もっとカニに近づきたい!

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干潟でカニを撮るにあたって、私が命題としたのは“接写”、つまりなるべく近寄って撮影することでした。

 

その方法論を徹底したことにより、肉眼では見えないカニの造型の面白さと色彩の美しさをカメラに収めることが出来たと思います。

 

実は私は実際に干潟で撮影を始める前から、彼らを接写しようと考えていました。

それは干潟を撮るにあたって事前に参考試視聴していたある映画が原因でした。

 

その映画は「或る日の干潟」という記録映画です。

 

これは戦争中の1940年に作られたいわゆる“文化映画”の名作と言われる作品です。

 

戦争中、日本の映画館では国策で定められた映画法により、国民の戦意高揚を目的にしたニュース映画と、日本の文化や自然の素晴らしさを伝え愛国心を高めるための文化映画の上映が義務付けられていました。

 

「或る日の干潟」はそうした文化映画のひとつとして作られた作品です。

 

その内容はタイトル通り、干潟の一日を追いながら、そこで生きる様々な生き物の姿を記録したものとなっています。(撮影した場所は、有明海や千葉の三番瀬など数か所で、これらをひとつの干潟として設定しているようです)

 

この映画では、当時まだ珍しかった巨大な望遠レンズを駆使して、主に鳥などの生態を記録しています。

そのようにして撮影した迫力の映像は、公開当時とても評判になり、その後も長く語り草になっていました。

 

干潟でドキュメンタリー映画を撮るなら、まずはこの作品を見なくてはならない。そう思った私は、すぐにAmazonでDVDを注文しました。(岩波書店から販売している「日本のドキュメンタリ―」という、とても高価なBOXセットに入っていました。)

 

映画を見ながら、私は思いました。

 

「なるほど、望遠レンズを多用しているのか…。ならばオレは逆の手法を採ろう。そうだ、接写だ!」

 

遠く離れた場所から被写体を撮るのではなく、できるだけ近づいて、その細部を捉えてやろうと思い立ったのです。

 

そしてカメラのレンズにプロクサーという、いわば虫眼鏡のようなクローズアップフィルターを付けて(倍率違いを何枚か用意しました)、出来るだけカニに接近して撮影することにしたのです。

 

これが実は大変な撮影になってしまったのですが…。

そのことについては、過去のブログ記事「撮影現場は二刀流」をご参照ください。

https://tokyohigata.hatenablog.com/entry/2019/06/09/092411

 

接写については、もう一つの理由があります。

 

それは老眼です。

 

これは冗談ではなく、私にとって切実な問題です。

 

若い頃、私の視力は抜群でした。

視力検査ではいつも両目が2.0。ハッキリクッキリCの指す方向が見えました。

検査表ではそこまでしか測定できなかったのですが、実際はもっと見えていたと思います。

 

それが50歳を迎えようとする頃に、途端に近くが見えなくなりました。

今まではどんな細かい字でも鮮明に読めていたのに、徐々に焦点が合わなくなり、それが日々進行し、今ではメガネがないと本も読めないしパソコンも打てません。

近くが、手元が、ぼやけて見えないのです。

 

一番困るのは撮影です・

カメラのファインダーを覗いてもぼやけて見えて、ピントが合っているのかも分かりません。

暗いところでは、手元のスイッチやボタンが判別できません。

 

普段はメガネをかけていないので(近く以外は見えるので)、撮影時にその場に合わせてメガネをかけたり外したりするのは、いちいち面倒で、ドキュメンタリーといういつ何が起こるかわからない現場ではとても機動性が悪くなります。

 

老眼が進むにつれ、私の中で言い知れぬ欲求がたまってきました。

 

「近くでものを見たい!」

 

カニの接写を決意した裏側には、実はこのような身体的・本能的な欲求があったのです。

 

撮影時には肉眼では良く見えなかったカニの細部も、撮った映像をモニターで改めて見ると、驚くほど迫力があり、造型の奇抜さと色彩の美しさ、そして不思議な動きなどが細部までハッキリ見え、これを映画館のスクリーンに投影したらどんなに面白いことかと ニンマリしてしまいました。

 

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老眼で不自由を感じていらっしゃる方、またこれから老眼を迎えようとする方、そして老眼なんてまだまだ関係ないと思っているあなた、近くでハッキリとものが見えることの素晴らしさをぜひスクリーンで体感して下さい。

 

「蟹の惑星」はそんな映画でもあります。

 

村上浩康(製作・監督)