東京干潟&蟹の惑星ブログ

多摩川河口干潟を舞台にした連作ドキュメンタリー映画「東京干潟」と「蟹の惑星」の情報をお伝えします。

おじいさんと見た“東京”

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ポレポレ東中野での「東京干潟」の上映もいよいよ残すところあと2日となりました。


明日の最終日は主役のシジミのおじいさんが舞台挨拶にいらして下さいます。


ロングランの締めはやはりこの方にお願いすることにしました。


実は公開2週目に入ったところで、一度おいじいさんに舞台挨拶に来ていただきました。


本当は初日に来て下さいとお願いしたのですが、照れからでしょうか、「少し落ち着いた頃に行くよ」とおっしゃって2週目の土曜日にいらしてくれました。


その時の道中のことを書きたいと思います。


舞台挨拶当日の朝、おじいさんを迎えに多摩川の干潟へ行きました。


おじいさんの暮らす小屋は、多摩川の堤防の階段を下りた林の中に建っています。


そこを訪ねると、迎えの時間であるにもかかわらず、おじいさんは寝床に入っていました。


まだ寝てるのかな?と思いましたが、すぐに様子がおかしいことに気づきました。


おじいさんは体を丸めて苦しそうにしています。


どうしたんですか?大丈夫ですか?


私が問いかけると、おじいさんは弱々しい声で
「昨日食べた弁当にあたってよ、腹が下りっぱなしなんだ」


聞けばおじいさんは、一日暑い小屋の中に食べかけのお弁当を放置していたのですが、(少し匂いがおかしかったそうですが)食べられると思い口にしたそうです。


夜中に腹を下し、近くの公園のトイレに駆け込みましたが、一度では収まらず、家で床に就いた途端、またお腹が痛くなり、何度も土手の下の小屋と公園のトイレを往復したそうです。


小屋から公園へは急な階段を昇り降りしなくてはならず、これで腰を痛めてしまい、お腹と腰の痛みでほとんど寝られなかったそうです。


とりあえず私は薬局へ行き薬を買ってきました。


おじいさんはすぐにそれを飲むと、また横になります。


これでは舞台挨拶など到底無理だと思い、大事をとって休んでくださいと言いました。


しかししばらくするとおじさんは「だいぶ良くなってきた。これなら行けると思う」と着替えを始めました。


おじいさんの年齢(87歳)を考えると、そんな無理はさせられないと、私はお断りしました。


でもおじいさんは聞きません。


「待ってくれているお客さんもいるだろう。俺は大丈夫だから行くよ」と頑なにおっしゃいます。


どうしても行くというので、それならばと私もお願いすることにしました。


元々おじいさんとは干潟から東中野へ電車で移動することになっていました。


しかしいくら何でも電車では無理だと思ったので、タクシーを拾い、二人で東中野へ向かいました。


タクシーに乗ると、私は運転手さんにラジオをJ-WAVEに合わせてもらいました。


実は10日ほど前に、RADIO DONUTSという番組から「東京干潟」と「蟹の惑星」のインタビュー取材を受けていました。


その放送時間がちょうどこの時に重なったのです。

(番組は生放送ですが、事前に収録した私のインタビューを番組MCのトークの合間に挟む形で放送されました)


おじいさんにその旨を伝え、一緒に聞きながら行きましょうというと、
「これ村上さんの声か?俺のことをしゃべっているの?何か変な気分だな」と笑みをもらしました。


私もおじいさんと一緒に聞くとは思っていなかったので、少し恥ずかしかったのですが、MCの渡辺祐さんと山田玲奈さんの軽快なお話と映画への暖かいお言葉、そして土曜日の朝らしい爽やかな選曲で、自分のインタビューながら思わず聞き入ってしましました。

(私のインタビューを見事に編集して下さり、さすがはプロの技と思いました)


やがてタクシーは首都高に入りました。


この日は曇天で都会の空気も淀んでいるように見えます。


20分ほど放送は続き、おじいさんは何も言わず窓ガラスにもたれながら、流れていく東京の街を眺めています。


私は自分がインタビューで語った恥ずかしいようなおじいさんへの敬意を、おじいさんがどういう気持ちで聞いているのか、反応を横目でチラチラと気にしていました。


やがて私の出演コーナーが終わり、締めに吉澤嘉代子の「東京絶景」という曲がかかりました。 


時に悲鳴にも聞こえる繊細で透明な歌声が、首都高をグングン進むタクシーの車内に響きます。


“東京はうつくしい 終わりのない欲望 むせるまで笑ったって 跡形もない昨日”


窓から見える街には雲間から細く光が射してきました。


東京の街が輝き出します。


この街をおじいさんは作ってきたのです。


おじいさんは今、この景色をどういう思いで眺めているのだろう。


「東京は広いねえ…」


それまで黙っていたおじいさんが呟きました。


音楽のせいで妙に感傷的になっていた私はふいをつかれ、急に涙があふれてきました。


おじいさんに気づかれまいと、汗を拭くふりをしながらハンカチで目元の涙を急いで拭いました。


まさかこうしておじいさんと東京の街を見るとは思ってもみませんでした。



やがてタクシーは東中野へ到着しました。


おじいさんは自分が出演しているのに映画は見ず(せっかくスクリーンで見られるのに)1階のカフェでコーヒーを飲み舞台挨拶の時間まで待ちました。


そして上映後、たくさんの観客の拍手に迎えられ、舞台に登壇しました。


私はおじいさんを紹介し、その後もおじいさんの話す姿を見守っていましたが、心の内を様々な思いが交錯してほとんどおじいさんの話を記憶していません。


舞台挨拶後、おじいさんが多摩川で獲ってくれた特大シジミのお味噌汁が観客に配られました。


おじいさんは多くの人に囲まれ、サインまで求められていました。



出番が終わると、おじいさんはすぐに帰ると言い出しました。


一息ついてご飯でも食べていきませんかとお誘いしましたが、家に置いてきた猫たちが気になるので早く帰るといいます。


それではタクシーを言うと、「大丈夫、元気になったから電車で帰る」と言います。


それならと私も電車で同行しお送りすることにしました。


車中、今日の感想を聞くと、
「来て良かったよ。シジミ汁も喜んでもらえたし。ありがとう」
と笑顔で答えて下さいました。


そして「もう舞台挨拶には行かないよ」とも。



ところがです。


明日30日、おじいさんはもう一度舞台挨拶に来て下さいます。


映画が思いもよらないロングランとなり、多くのお客様に喜んでいただくに至り、やはり最終日にもう一度おじいさんに来ていただきたいと、恐る恐るお願いしたところ、二つ返事で快諾してくれたのです。


というわけで、明日おじいさんは来てくれます。


7週間に渡るロングランの締めくくりを飾って下さいます。


本当にありがたいです。


皆様にもぜひおじいさんに会っていただきたいです。


ポレポレ東中野でお待ちしております。 


村上浩康(製作・監督)