この干潟の片隅に
多摩川の河口には何か所か干潟がありますが、私が主に舞台としたのは東京の大田区と神奈川の川崎を結ぶ大師橋の下の干潟です。
ここは広さが400m×200mという、だいたい東京ドーム2個分くらいの面積で、多摩川の開けた風景の中で見るとそれほど広い場所とはいえません。
しかしそれでもここには10種類近くのカニが生息しており、このような狭い範囲でこれだけのカニを一度に観察できるのはとても珍しいことです。
しかも多くの人々が住む大都会の中で。
昨日のブログでふれたように、カニたちはこの狭い干潟の中で種類ごとにきちんと場所を住み分けて暮らしています。
それはまるで線を引いたようにきっちりしています。
彼らの住み分けの基準になるのが、干潟の土壌や植生と、それぞれのカニが食べるエサです。
干潟の土壌の性質は簡単に言うと砂地と泥地の二つに大別できます。
泥地に住むのが、私が最初に撮影を始めたヤマトオサガニという甲羅幅が4㎝くらいのカニです。
彼らは泥をすくって口に運び、口の中で泥を漉して中に含まれる珪藻(藻類の一種:珪藻の化石は珪藻土で、七輪の原料やバスマットなどに使われます)などの有機物を食べています。
大師橋下の干潟はほとんどが泥地なので、ここで一番目立ち、生息数も多いのがヤマトオサガニです。
彼らは泥の中に巣穴を掘っており、満潮時にはそこに入っていますが、潮が引いて干潟が姿を現すと、巣穴から一斉に出てきてエサを食べ始めます。
干潟は瞬く間にカニだらけになります。
ヤマトオサガニの住む泥地の干潟は、水が引いた後の川の中ほどから岸辺近くまでを占めますが、その中に一部砂地の部分があります。
大師橋の上から見るとよくわかるのですが、泥地と砂地は国境を引いたようにくっきりと分かれています。
この砂地に住むのがコメツキガニです。
彼らも、自分たちが住む土壌からエサを採っています。つまり砂を食べています。
彼らが特徴的なのは、食べた砂を漉した後、口元でゴロゴロ丸めていく点です。
丸められた砂は団子状になり、それをハサミで切り取り、足元にポイと転がします。
そしてまた、砂を口に運んでは、団子を作り、足元に転がしていきます。
こうして彼らが作る砂団子は、瞬く間に数を増やし、砂地の干潟はあっという間に砂団子だらけになります。
もしこれを知らずに干潟に来て、この光景を眺めたら、誰もがビックリすると思います。
(映画では彼らの砂団子づくりを詳しく見せていますので、ぜひお楽しみに)
砂地は干潟の中だけでなく、岸辺近くにもあり、もちろんそこにもコメツキガニが住んでいます。
また砂地でも岸辺近くの葦原(水辺に群生しているイネ科の植物:茅葺屋根やすだれなどに使用されます)の近くには、チゴガニという小指のツメくらいの小さなカニが住んでいます。
彼らもコメツキガニ同様、砂団子を作りますが、住んでいる土壌の性質上、少し水分を含んだ軟状の団子になります。
その他、葦原には、その名の通りのアシハラガニや、またクロベンケイガニが住んでおり、彼らは植物を始め、他のカニや貝、魚の死骸などを食べています。
そして岸辺の茂みの中にはアカテガニもいます。
アカテガニはその名の通り、ハサミが赤く、これが水に濡れて光を浴びると、鮮やかに輝きます。
また、目はオパールのように幻想的な色を含み、さらに甲羅の上部も鮮やかな黄色に染まっており、その容姿は干潟ナンバーワンの美しさです。
(もちろん映画ではその細部を捉えいるので、ぜひスクリーンでその美をご堪能ください)
このように、大師橋下の干潟にはたくさんのカニが住んでいます。
繰り返しますが大都会の中で、一度にこれだけのカニが見られる場所は、他にないと思ます。
なのに、それがほとんど認知されていません。
こうして干潟について、まるで自然豊かであるように書いてきましたが、実際に干潟に行ってみると、一番目立つのはゴミです。
干潟の岸辺は大量のゴミだらけです。
いま世界中で海洋に漂うプラスチックゴミが大きな問題となっていますが、海と陸の境目である干潟にも、ペットボトルをはじめとするゴミが大量に捨てられています。
これらの一部は干潟に来た人々が捨てたものですが、大部分は上流の街から流れ着いてきたのです。
都会で捨てれたゴミが流れ着くのは、都会の最下流である干潟なのです。
ゴミについては信じられないものをたくさん目撃しています。
一番驚いたのは、川の上流からプカプカとベッドが流れてきた時です。
干潟で小さなカニたちの驚くべき世界を見つめ、都会の真ん中にこのような自然があることに感動して撮影しているのに、ふとカメラから顔をあげると周りはゴミだらけ。
何だか悲しくなってしまいます。
カニたちは狭い干潟で、お互いが衝突しないように住む場所を分けて暮らしています。
少ない干潟の資源(エサ)を上手に分け合って生きています。
また、彼らが泥や砂の中の有機物を食べてくれることで、海に流れる水が汚れるのを防いでいます。
これはカニだけではなく、干潟に住むゴカイや貝も同じで、さらに葦原も水質の浄化に役立っているのです。
こうして見ると、あらゆる生き物が環境に寄与しながら生きていることが分かります。
その中で何故か人間だけが環境を壊しながら生活している。
自然界から見たら、人間ってどういう存在なのだろう。
私も人間の一員で、文明によって生かされ、映画もまた文明の産物なので、偉そうなことは言えませんが、干潟での撮影を通してこうしたことをいろいろと考えさせられました。
今回は「蟹の惑星」に出てくるカニを中心に干潟の環境について書きましたが、もう一本の「東京干潟」では、また別の視点から変わりゆく東京の中の環境を描きました。
そのことについては、また明日書くことにします。
村上浩康(製作・監督)