東京干潟&蟹の惑星ブログ

多摩川河口干潟を舞台にした連作ドキュメンタリー映画「東京干潟」と「蟹の惑星」の情報をお伝えします。

撮影現場は二刀流


f:id:tokyohigata:20190609092721j:plain

干潟で奇跡の出会いを果たし、ここから本格的に映画の撮影が始まるわけですが、それはシジミ獲りのおじいさんと、カニの吉田さんと、いわば“二刀流”で行っていくことになりました。

 

これは自分としても経験したことのない特殊な撮影の進め方でした。

 

まず撮影はシジミ獲りのおじいさんの漁から始まります。

シジミ獲りのおじいさんの漁は干潮時刻の1~2時間前から行われます。水が少しずつ引いて行き、しゃがめるくらいの水深になるのを待って川に入るのです。

 

これは、水が完全に引くと泥の水分が少なくなり掘りにくくなるからです。おじいさんは道具を使わず素手シジミを掘っているので、このタイミングがいいのです。

 

素手で獲るのは、成長途中の小さな貝をはじいて、大きなものだけを獲るためです。稚貝を残し、長く漁が続けられるように共存を心がけているのです。(このおじいさんの漁への姿勢については、多摩川シジミ乱獲問題と共に後日詳しく記します)

 

おじいさんの漁は干潮から満潮までの間、だいたい4、5時間くらい続きます。ですが私は漁の様子をひとしきり撮ったところで一旦離れます。

あまり長く撮影していると、おじいさんの邪魔になるからです。

 

その頃には潮がすっかり引いて干潟が現れます。そうなると今度はカニの撮影に入ります。

 

潮が引くと干潟に空いた無数の巣穴からカニたちが一斉に出てきます。

また川辺の林や葦原からも餌を求めて違う種類のカニたちが出てきます。

 

多摩川河口の干潟には約10種類のカニが生息しており、どれも非常に個性的なフォルムをしていて、よく見ると色彩も美しい。

私は彼らの細部を撮りたいと思いました。なのでカメラのレンズにプロクサーという虫眼鏡のようなフィルターを付けて、出来るだけ近寄って撮影しました。

 

カニの撮影についてですが、これが思いのほか大変でした。カニは非常に警戒心の強い生き物で、数メートル先に動くものがあると、たちまち巣穴に逃げ込みそのまま数分間は出てきません。

 

普通に近寄っても撮影出来ないのです。

 

そこでカニが逃げ込んだ巣穴の前にカメラを出来るだけ低く構えて、折り畳みイスに座ってジッと出てくるのを待ち構えます。

 

数分するとカニが巣穴から眼だけ出して辺りを伺います。ここで少しでも動くとカニに気づかれるので、息をひそめて我慢します。

やがてゆっくりゆっくりカニが姿を現します。

 

そこでカメラを回すわけですが、急にスイッチに触れてもまた逃げてしまうので、慎重にカニに悟られないようにシュートします。

 

しかしカニは必ずしもカメラのレンズ前に来てはくれない。勝手に好きな方向へ動いていきます。こちらはそれをフォローしますが、動きを察せられると、またカニは隠れてしまいます。

 

なので、ゆっくりゆっくり、まるで大道芸人のパントマイムのように、動いているのか動いていないのかわからないようにカメラを振っていきます。

 

こうして撮影しているうちに、体は非常に無理な姿勢になります。イスから尻を浮かせ、体をねじったりして、長い時は30分とか40分、カニを追い続けます。

 

だから腰に負担がかかって、映画の撮影に入ってすぐに酷い腰痛を引き起こしました。おかげで今でも時々歩くもの辛いくらいの腰痛持ちになってしまいました。

 

カニの撮影はとにかく根気と忍耐、これに尽きます。

 

しかし、その甲斐あって肉眼では決して捉えられないカニたちの躍動する姿と生命の輝きを撮影できたと思います。

 

こうしてカニを撮っていると、いつの間にか吉田さんが自転車で干潟へやってきます。

吉田さんが来ると、一旦カニの撮影をやめて、一緒に干潟を隈なく歩き観察の様子を撮らせてもらいます。

 

吉田さんのお話はフィールドワークをしながら、その場その場で撮るのを原則にしました。カニと吉田さんを一緒に撮ることに意義があると思ったからです。

 

吉田さんの視点はとても独創的で、ご自身の研究に対してハッキリとしたポリシーをお持ちでした。

吉田さんは無論カニに関する本や文献もお読みになって知識は豊富ですが、しかしそれを鵜呑みにはしません。

 

まず自分の目でつぶさにカニを見つめ、そこからある疑問が生じると、実際に確かめようとします。そしてその検証方法を独自に考えて実行します。

 

その方法が実にオリジナリティに溢れ、ユニークで面白い。好奇心あふれる視点と自由な発想で、自然との向き合い方の原点を見るようです。

映画の中でもいくつか紹介しているので、ぜひ吉田さんの視点に注目していただきたいです。

 

その後、干潟が満潮に近づく頃、カニたちは巣穴に隠れ、吉田さんも帰っていきます。そこから干潟が完全に隠れるまで、再びシジミ獲りのおじいさんの漁を撮ります。

 

漁が終わると、おじいさんは小屋に戻り、今度は獲ったシジミをふるいにかけ、網の目から落ちた小さなものを川へ戻します。念には念を入れて、稚貝を獲らないように用心しているのです。

 

こうして獲ったシジミをネット網にまとめ、自転車に積んで売りに出かけます。(近くに買い取ってくれる仲買い業者があります)

ここで得たわずかなお金で、まずは猫たちのエサを買い、それから自分の食べ物、また川に入って冷え切った体を暖めるためにお酒も買います。

 

おじいさんは若い頃はお酒もたばこもやりませんでしたが、干潟でシジミを獲りながら暮らすようになり、お酒を飲まないとかえって体に悪いと、たしなむようになりました。飲むものは決まっており、近くのコンビニで安く売っている缶酎ハイです。

 

おじいさんは買い物から帰ってくると、まず猫たちにエサを与え、その後ゆっくりと缶酎ハイを口にします。

その時、一緒に今日の漁の話や世間話をしながら、少しずつインタビューを撮影していきました

 

インタビューについてはじっくり時間をかけて、人間関係を築きながら、少しずつ進めていきました。

最初のうちはあくまでも多摩川シジミの生態や乱獲問題などについて、またペット遺棄の実情についてお話を伺っていきました。

 

そのうちにだんだん打ち解けてくると、たまにおじいさんの人生について、断片的に話される時がある。その話がとても興味深く、いろいろと考えさせられるものでした。

 

詳しく聞いていくうちに、おじいさんの波乱に富んだ人生が段々と分かってきて、さらに昭和から平成にかけての時代の流れにリンクしてしることに驚きました。

 

さらに偶然にも干潟の周りの変わりゆく景色が、おじいさんの人生と象徴的に結びつき、広がりを持った普遍的な物語が浮かび上がってきたのです。

円環する世界が見えてきて、大きな視点で映画が描けると確信しました。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

以上のような撮影を足かけ4年に渡って行いました。

 

もちろん、これはベーシックな撮影であり、時にはカニだけを撮りに行ったり、あるいは別の生き物を撮影することもありました。

 

先述の通り、多摩川河口の干潟には、意外に多くのカニが生息しています。

面白いことに彼らは狭い干潟の中で、種類ごとに住む場所を分けて暮らしています。

 

これについては、また明日書くことにします。

 

村上浩康(製作・監督)