奇跡の出会い(蟹の惑星編)
干潟で映画を撮ろうと決めたのはいいのですが、具体的には何を題材にすればいいのか。
漠然とした思いで干潟に通い続けた私がまず撮影したのはカニでした。
その頃(2015年の冬ですが)、季節的にはあまり生き物が見られない時期で、干潟に現れるのは北国から飛来した渡り鳥やヤマトオサガニという冬眠をしないカニくらいでした。(カニも種類によっては冬眠するんです)
ヤマトオサガニをよく見てみると、長い眼をアンテナのように立て水面からジッと辺りを伺う様子が奇妙で、その目が横に倒れて甲羅にピタッと収めるしぐさなどをすることもあり、とてもユーモラスで興味を惹かれました。
そして彼らが干潟の泥をさかんにすくって口に運んでいる様子に驚かされました。
泥を食べてる…。
泥を食べる生き物なんているのか。
その時はカニに関する知識は皆無で(後になって泥の中に含まれる珪藻などの有機物を漉して食べていることを知りましたが)とにかく不思議で面白く、まずは彼らを撮っていくことにしました。
そして来る日も来る日もカニを撮影していると、ある時干潟に来た一人のおじいさんから声をかけられました。
「何をしているんですか?」
「カニを撮っているんです」
「ああ、ここはカニを撮影するにはいい場所ですよ」
「お詳しいんですね」
「私はここで10年以上、カニを観察していますから」
ビックリしました。
穏やかで知的な口調から、この人は大学の先生か研究者なのかと思いました。
「カニの研究をされているのですか?」
「いやあ、専門家ではありませんが、ただ好きで続けているだけです」
この言葉にさらに驚かされました。
研究者でもないのに、10年以上もカニの観察を続けているとは。
この人は何者なんだろう。
聞けば、この方は吉田唯義(だだよし)さんといって、定年退職後に何か始めたいと模索していたところ、多摩川のカニと出会い、70歳を過ぎたころから多摩川に通い始め、カニの観察と記録を続けてきたということでした。
まさかこんな人と巡り合えるとは。
私はすぐに取材の申し込みをしました。
その観察の様子をぜひ撮らせて下さい、また、カニに関するお話しもインタビューさせて下さいと。
そして後日、吉田さんのご自宅にお邪魔し、自宅の隣のアパートの一室(吉田さんはここを研究室にしています)で貴重な標本や資料を見せていただきました。
その中には、カニの巣穴を石膏でかたどった標本や、一年ごとに脱皮をするカニの抜け殻の標本などが膨大に保管されており(結構無造作に置かれていましたが)、人知れずこのような研究を続けている吉田さんに益々興味が湧いてきました。
そこで改めて今後の観察に同行し、一緒に干潟をフィールドワークしながら、カニたちの営みを撮影していくことをお願いしました。
この時吉田さんと交わした“フィールドワーク”という言葉が、結果として「蟹の惑星」のキーワードとなり、映画のスタイルそのものとなっていきます。
以上が「蟹の惑星」の始まりです。
そしてさらに運命の出会いはもうひとつ用意されていたのですが、それはまた明日書くことにします。
村上浩康(製作・監督)